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自然な声を拓く

フェルデンクライス・メソッドによる自然な声の開発

「テアトロ」2009年1月号より抜粋

レッスンをはじめる前に
 声は演劇をはじめて以来たえず追い求めてきた課題でした。理想の声とはどんな声なのか? 美しい声、きれいに響く声、強い声、よく通る声、大きい声、等々、養成所の生徒や劇団の俳優たちに良い声とはどんな声かと訊くといろんな答えが返ってきます。これらはいずれも大事な要素には違いありませんが、いちばん大事なことが欠けています。私は「生きた自然な声」こそが求められる最良の声だと考えています。
 ただ一言でそうはいっても、そこにはいろいろ複雑な問題が潜んでいます。美しく響くよく通る声が必ずしも人の心を動かすとは限りません。強くて大きいだけの声は時にはうるさくて逃げ出したくなります。では「生きた自然な声」とはどういう声なのか? それについて考えてみましょう。
 端的に言いますと、人はそれぞれに違う声をもっています。よく「文は人なり」と言いますが「声は人なり」という言葉の方がもっと納得できると思います。声はその人の全人格、全生活史を背負っています。その人がいま出している声はもっともその人らしい声であることには間違いありません。ならばなぜそれをあえて変えなければならないのかということにもなりますが、もっと良い声を出せるようになりたいという願望は殆どのひとが持っているようです。
 では問題を別の角度からみることにしましょう。人はだれしも生まれてから多くのものを学んで身につけながら成長します。後天的に学ぶことを広い意味での「学習」といいますが、人間はほかの動物に比べてこの学習能力がずば抜けて高い動物です。生まれながらに身につけている能力を本能といいますが、人間は本能に比べて生まれてから獲得する能力、つまり学習する能力が他の動物に比べて格段に高いのです。人間は言語を使い、各種の道具を使いこなし、複雑な身体表現を身につけ、種々のメディアを使って芸術的表現を生み出し、コンピュータを使って複雑膨大な情報を管理する能力を習得することができます。
 しかし、人間は生まれてから成長する過程で、間違った、あるいは不自然な学習をすることからも免れることはできません。つまり成長するにつれて不自然な学習の量も増えてくることになります。私はそれを「癖」と呼ぶことにしていますが、言いかえれば成長することは多くの癖を身につけることでもあります。しかしその癖は大抵の場合、その人が本来もっているはず能力の実現を妨げる働きをします。癖と個性は異なります。癖を個性だと思ってそれに安住していては自分の能力を十分発揮することはできません。癖から自由になったとき、はじめてその人の個性は輝き、持てる能力を発揮できるようになるのです。
 癖から自由になるといっても、どうすればいいのでしょうか? それは自分で自分の癖に気づくことからしか始まりません。日常のちょっとした癖ならば、他人に指摘されればあるいは簡単になくなるかもしれませんが、自分のパーソナリティに深くしみ込んでいる癖となると、指摘されるとかえって傷が深まり、トラウマになることすらあるほど厄介なものです。そういう癖、つまり不自然な行動様式こそがその人の本来もっているはずの能力を損なっているのです。
 本来の自分を見失い、狭い世界に自らの可能性を閉じこめていることに気づくために、古来さまざまな方法が行われてきました。宗教的なものから始まって、科学的・心理学的なものまで、数え切れないほどたくさんあります。それらの中から、とても広いとは言えない私自身の体験を通して有効性を実感したいくつかの方法、とりわけモーシェ・フェルデンクライスのメソッドを応用して声の問題にアプローチしてみたいと思います。
自分の声を聞いたことがありますか?
 前置きはこれぐらいにして、さっそく実際にレッスンにとりかかりたいのですが、どうしてもはじめに言っておきたいことがあります。それはだれしも自分の声を自分で正確に聞くことはできないということです。確かに声を出しているとき、自分の発する声を自分の耳でキャッチしています。しかし、その自分で聞いている自分の声は、他のひとが聞いている自分の声と同じではありません。たぶん誰しも、自分の声を録音して聞いた経験があると思います。レコーダーから聞こえてくる自分の声を初めて聞いたときのことを覚えているでしょうか。それまで自分の声について抱いていたイメージとレコーダーから聞こえてくる自分の声との落差に愕然としなかったひとは、おそらく皆無ではないでしょうか。
 レコーダーによって再生される声は、写真の場合と同じように、機械的な変形を受けるので、その瞬間の生きたフィーリングをまざまざと再現してくれるわけではありません。しかしながら、録音された自分の声に対し自分自身が抱くほどの違和感を他のひとが感じるわけではありません。最近の技術では、手軽なレコーダーであっても、かなり正確に人の声を再現してくれます。だから他人は録音されたあなたの声を聞いても、あなたの生の声との違いには殆ど気づかないのが普通です。どうしてそういうことが起こるのでしょうか。
 その一つの原因は、自分の声を聞く場合の生理的メカニズムを考えてみれば分かります。声は、声帯で生まれた振動が内部の共鳴腔で増幅され、口から外へ空気中の音波となって広がります。その音は自分の耳へも他人の耳にも同じように入ってきます。そのかぎりでは、自分も他人も同じ音を聞いているわけです。しかし、自分の声にはその他に体内で増幅された振動が骨伝導によって内耳へ直接伝わってくる音が加わります。これがかなり大きい割合を占めます。自分以外のひとには、この声は聞こえません。
声の自己イメージ
 さらにもう一つ、はるかに重要な要因があります。それは自分の声について自分自身が抱いているイメージにあります。声の自己イメージは、先のフィジカルな要素もその一部として含みますが、さらに大きく、生まれてからの環境や自己教育の結果として、社会的・文化的・生理的諸条件に制約され規定されて育まれます。それは声についての感覚や概念、音質や音色の好み、声によるコミュニケーションの個人的特質として、深く身に染みついています。たとえば、自分では内的欲求にしたがって生き生きとしゃべっているつもりでも、周りのひとには生気のないしゃべり方だと思われたり、その逆の場合もあります。また、自分では「ア」と「オ」をはっきり発音しているつもりでも、他人が聞くと、その区別が曖昧であったりします。
 自分が出しているつもりの声と他人が聞くその声との違いの主要な原因は、自分の声に対する主観的な感覚と意識、すなわち声の自己イメージにあるのです。「声は人なり」と言いましたが、声にはそのひとの全人格が深く結びついています。声について何かを指摘されると、往々にして深く傷つけられた気がするのはそのせいです。声がそれほどにも自己イメージに強く制約されているのだとしたら、自分の声を客観的に聞くことは不可能だということになります。このことは声のレッスンにとって、きわめて厄介な状況を生み出します。
 声のレッスンの目的は、客観的な声を改善することにあるのですから、主観的にしか自分の声を聞くことができないとなると、自分の耳に頼った声のレッスンは意味がないことになってきます。意味がないだけでなく、有害でさえあるのです。常に自分の声がどう聞こえているかをフィードバックしてくれる手段があれば、問題は解決するわけですが、それは難題です。有能なボイス・トレーナーに個人的に師事し、絶えず助言を受けられるならば、事情はかなりよくなるかもしれませんが、それは殆どの人にとってまず不可能に近いことです。
 となると、自分でフィードバックする手段を身につけるしかありません。つまり、主観的な声と客観的な声のズレをなくす感覚を身につけること、これが声のレッスンの土台であり、出発点でもあります。しかも、これこそがもっとも有効で永続する方法なのです。その作業は主観的な声を信用せず、自分の耳を頼りにしないで、声を出しているときの身体感覚をキャッチし、それを通して開かれた喉や豊かな全身的共鳴の感覚を手に入れることです。そうやって声を出すときの生きた身体感覚を深めてゆけば、耳ではなく身体で自分の声を聞くことができるようになり、自分の声を客観的にイメージすることができるようになります。
声のレッスンの階段
 声の基礎レッスンは大ざっぱに言って何階建てかの建物にたとえることができるかもしれません。その各階ごとにいくつかの階段があって、それを一段ずつ着実にあがっていくことが基本です。
 第一の段階では、まず最初に声の土台である呼吸のエネルギーの自然な流れをつくることが課題になります。身体の緊張を解きほぐし、呼吸器官、喉、舌や口の緊張を取り去って、身体運動の力学的センターである下腹部で呼吸を支える感覚を身につけることです。
 そうして呼吸を身体の中心でしっかり支えられるようになると、呼吸は自由になり、喉や胸の筋肉の負担は全然軽くなり、声を出すために無駄な力を使わなくてすむようになります。そうすると、声に自然で力強い情動的エネルギーが加わり、自由にしなやかに溢れ出るようになります。
 この段階ではさらに、喉を緊張させずに声帯の振動を生み出すこと、それを喉ではなく横隔膜と胸郭でコントロールすること、体内の声の通り道から妨害する緊張を取り除くこと、そして、頭部と胸の共鳴を統合する基本的な感覚を身につけることなど、一つ一つ順を追って課題を解決していかねばなりません。
 続く第二の段階では、共鳴腔を有効に活かすための作業が加わります。主要な共鳴腔は胸と口腔ですが、上のほうには鼻腔の他に、副鼻腔を含む頭骨の共鳴があり、下のほうには、胸郭に同調する横隔膜から腹部、骨盤に到る共鳴もあります。理想的には足先から頭頂までが全体として一つの共鳴腔となることですが、そこまで達するには各部への作業をさらに意識的に行なわねばなりません。その上で全身の共鳴を統合し、豊かに強化するレッスンも必要です。声の柔軟性、音色、音域を広げることも課題になりますが、これには動物の鳴き声や自然界のさまざまな音を模倣すること、さらには詩や散文のシンプルなテキストを用いて行なうことも有効です。
 この段階になると、内的な動機を持った音声、目的のある声をより重視しなくてはなりません。でなければ、単に声のための声のレッスンになってしまう危険があります。
 第三の段階になって、声のアーティキュレーション(構音)が課題になります。主に唇と舌、そして顎の動きを改善して、言葉を明瞭に発音できるようにするレッスンです。アーティキュレーションというと、往々にして早口言葉と混同されています。勿論それも一部としては含みますが、主要な課題は言葉によるイメージを声として明瞭に表現するレッスンです。その場合、イメージそのものが明確でなければ、言葉を明瞭に表現することはできません。それには、最初はまずゆっくりと、音を豊かに共鳴させながら、言葉のイメージと音声を結びつける作業を行なわなくてはなりません。言葉のイメージと豊かな共鳴を無視して、ただ機械的に早口言葉をしゃべる練習は、言葉の生命を殺すにはとても効果的なレッスンだと言うべきでしょう。
 この段階では、詩や散文だけでなく、対話を含んだ小説の一部や戯曲の短い場面など様々なスタイルのテキストを使うことになります。また、テキストなしの即興劇を試みるのもいいでしょう。
 これから先の段階は、戯曲の上演になり、観客との関係の中で声のテーマを深めることになりますが、そこまで問題を広げると基礎レッスンの範囲を超えてしまいます。そのためにはさらに大きいコンテキストのなかで課題を展開しなくてはなりませんが、しかしその場合でも、今まで述べた基本的な課題にたえず立ち返ることは、決して無駄ではないどころか、絶対に必要なことです。
呼吸のレッスンと声のモチベーション
 実際に声のレッスンに取りかかるに際して、とても大事なことがあります。声が生まれるメカニズムをきわめて単純に説明すると、吐く息が声帯を振動させ、それに身体の各部が共鳴することで声が出るというわけですが、その基には声を出そうとする衝動、欲求、動機というものがなければ声は生まれません。つまり声を出すということは何らかのモチベーションがあるわけで、それを実現しようとする衝動が神経のインパルスとなって呼吸器官へと伝わり、声のメカニズムを起動させるわけです。
 その場合一番大事なのは息を吸うということですが、実際の感じとしては息を吸うというよりは、声の衝動が生まれると自動的に息が入ってくるという感覚です。声を出す、声を使うというのは、何らかの行動の目的や衝動があるからで、それを実現しようとすると、ほとんど無意識的に息を吸うことになります。逆に呼吸を意識的にコントロールして声を出すと、生き生きした声のエネルギーを殺すことになります。
 声のレッスンはまず呼吸のレッスンから始まりますが、それは正しい呼吸法を身につけるために行うのではなく、柔軟で自然な呼吸を獲得することが目的となります。自然な呼吸とはどんな呼吸かということになりますが、それは時と状況に応じて、それにもっとも適した呼吸が自在に自然に生まれる状態です。強い怒りを感じて大声をだそうとすると無意識に素早く強く息を吸い込むでしょうし、愛する人に優しく声をかけようとすると柔らかく息を吸うでしょう。
 呼吸レッスンの課題は、一言でいうと自分の呼吸の癖に気づくことにあります。正しい理想の呼吸法などというものはありえません。これから取り上げる呼吸のレッスンは、自分の呼吸の歪みや限界に気づくように考案されています。

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癖に気付く

声だけでなく~身体や心の使い方も~いろんな癖に気付き~本来の、のびのびとした自分を生かせる事が大切と思いました~(゜▽^*)
プロフィール

安井 武

Author:安井 武
フェルデンクライス研究会主宰
FCJ(Feldenkrais Club Japan)
演出家(劇団俳優座)
IFF 認定 Feldenkrais Practitioner

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