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フェルデンクライス・メソッドによる声のレッスン

フェルデンクライス体験-出会いと発見6-
フェルデンクライス・メソッドによる声のレッスンについて


  [かなり長文になりますがご容赦のほどを]


声のレッスンへの道
FCJ(フェルデンクライス研究会)の初期に何回か声の問題に絞ってワークショップを行ったことがあります。最初は1993年の9月から10月にかけて数回連続で、声のためのワークショップを行いました。以来、通常のATMレッスンの中に時々声のレッスンを取り入れてきました。

それに先立って1988年から劇団俳優座で俳優養成のための研究所がスタートして、そこでの声のレッスンにフェルデンクライス・メソッドを取り入れて、段階を追って声を開発する方法を探求してきました。その結果を集約しながら、FCJのワークショップや朝日カルチャーセンターの講座の中で「声のレッスン」を取り上げるようになりました。
それ以来、ATMレッスンの中に一部声のレッスンを取り入れることは折に触れ行ってきましたが、集中的な声のレッスンはかなり間が空いてしまいました。

2007年の夏、俳優座演技研究所の特別ワークショップの1科目として「声と言葉のレッスン」を企画し、5日間で毎日3時間のコースを実施しました。これは希望者が殺到して急遽夜間の部を設けて実施することになりました。これが今までで一番本格的に声のレッスンに取り組んだ体験となりました。

その後、2008年秋の第37回京都ワークショップで、久しぶりに声のレッスンの各段階を丁寧にたどって、二日間にわたって集中的に声の開発のプロセスを一通り行いました。その内容は、その時の録音を編集し、レッスンCD「動きと声の基礎レッスン・第1集」として、FCJの研究資料としてリリースしています。また、演劇雑誌『テアトロ』に9回にわたって連載した「自然な声を拓く―動きと声の基礎レッスン」は、CDの内容を補填しながら新たに書き下ろしたものです。

以上のような過程を経て、声のレッスンのプロセスがかなり明確な形をもってきましたので、現在、今年の4月からほぼ月1回の予定で声の開発プロセスを数回で一通り体験できるワークショップを開催中です。この原稿を書いている今は、まだ2回目が終わってばかりですが、いま私が声について考えていることを、取りあえず文章の形でまとめておきたいと思ってこれを書いています。

声のレッスン関係の資料
声のレッスンやボイストレーニングの本は各種出版されていますが、フェルデンクライス関係で声を正面から取り上げた本は、私の知るかぎり二つぐらいしかないようです。ひとつは 1. Kristin Linkrater:FREEING THE NATURAL VOICE もうひとつは 2. Samuel H Nelson & Elizabeth Blades-Zeller: SINGING WITH YOUR WHOLE SELF(2002) です。

1.の Linkrater は、フェルデンクライス・メソッドの専門家ではないようで、かつて The Drama Review にフェルデンクライスの体験記を書いていたことがあって、またFeldenkrais Resources のサイトにこの文献が紹介されているので、広い意味でフェルデンクライスの範疇に入れてもいいと思います。初版が1976年で、それを大幅に改訂したものが、2006年に出版されました。本書は私の声のレッスンの方法論に少なからず貴重なものを授けてくれました。

2.は副題に Feldenkrais Method and Voice とあるように、基本的にはフェルデンクライス・メソッドによるものですが、声にとって必要な基本的な体のレッスン(ATM)を取り上げているだけで、動きと声の関係については特に有機的な分析・考察はないように思いますが、一言で言えば歌手の(声の)ためのATM集という感じのものです。

以上取り上げたものの他には Richard Corbeil: VOCAL INTEGRATION(CD4枚セット)が出ています。私はまだ聴いていないので内容については分かりませんが、収録内容のタイトルだけを見ますと、かなり本格的なものになっている感じです。著者は元シンガーだそうです。

自分の声を聞いたことがありますか?
これは、声のレッスンを始めるとき最初に参加者に向かって問いかける言葉です。すると殆どの人が怪訝そうな表情を浮かべます。そこで録音した自分の声の最初に聴いたときはどうでしたかと訊きます。すると「いやな声だと思った」とか「自分の声じゃないみたい」とか「キンキンしている」とか、殆ど例外なく否定的な答えが返ってきます。今までのところ「いい声だと思った」という答えは皆無でした。なぜそうなのでしょうか? それには二つの理由があります。

まずひとつは、だれしも自分の声を自分で正確に聞くことはできないということがあります。確かに声を出しているとき、自分の発する声を自分の耳でキャッチしてはいます。しかし、その自分で聞いている自分の声は、他のひとが聞いている自分の声と同じではないのです。たぶんみなさんも自分の声を録音して聞いた経験があると思います。レコーダーから聞こえてくる自分の声を初めて聞いたときのことを覚えているでしょうか。それまで自分の声について抱いていたイメージとレコーダーから聞こえてくる自分の声との落差に愕然としなかったひとは、おそらく皆無ではないでしょうか。

レコーダーによって再生される声は、写真の場合と同じように、機械的な変形を受けるので、その瞬間の生きたフィーリングをまざまざと再現してくれるわけではありません。しかしながら、録音された自分の声に対し自分自身が抱くほどの違和感を他のひとが感じるわけではありません。最近の技術では、手軽なレコーダーであっても、かなり正確に人の声を再現してくれます。だから他人は録音されたあなたの声を聞いても、あなたの生の声との違いには殆ど気づかないのが普通です。どうしてそういうことが起こるのでしょうか。

その一つの原因は、自分の声を聞く場合の生理的メカニズムを考えてみれば理解できます。声は、声帯で生まれた振動が内部の共鳴腔で増幅され、口から外へ空気中の音波となって広がります。その音は自分の耳へも他人の耳にも同じように入ってきます。そのかぎりでは、自分も他人も同じ音を聞いているわけです。しかし、自分の声にはその他に体内で増幅された振動が骨伝導等によって内耳へ直接伝わってくる音声が加わります。しかも、これがかなり大きい割合を占めます。自分以外のひとには、この声は聞こえないのです。

声の自己イメージ
さらにもう一つ、はるかに重要な要因があります。それは自分の声について自分自身が抱いているイメージにあります。声の自己イメージは、先のフィジカルな要素もその一部として含みますが、さらに大きく、生まれてからの環境や自己教育の結果として、社会的・文化的・生理的諸条件に制約され規定されて育まれます。それは声についての感覚や概念、音質や音色の好み、声によるコミュニケーションの個人的特質として、深く身に染みついています。たとえば、自分では内的欲求にしたがって生き生きとしゃべっているつもりでも、周りのひとには生気のないしゃべり方だと思われたり、その逆の場合もあります。また、自分では「ア」と「オ」をはっきり発音しているつもりでも、他人が聞くとその区別が曖昧であったりします。

自分が出しているつもりの声と他人が聞くその声との違いの主要な原因は、自分の声に対する主観的な感覚と意識、すなわち声の自己イメージにあるのです。「声は人なり」と言ってもいいと思いますが、声にはそのひとの全人格が深く結びついています。声について何かを指摘されると、往々にして深く傷つけられた気がするのはそのせいです。電話などで声を聴くだけで、それが知人であれば誰の声だかたいてい即座に分かります。
声がそれほどにも自己イメージに強く制約されているのだとしたら、自分の声を客観的に聞くことは殆ど不可能だということになります。このことは声のレッスンにとって、きわめて厄介な状況を生み出します。
 声のレッスンの目的は、客観的な声を改善することにあるのですから、主観的にしか自分の声を聞くことができないとなると、自分の耳に頼った声のレッスンは意味がないことになってきます。意味がないだけでなく、有害でさえあるのです。常に自分の声がどう聞こえているかをフィードバックしてくれる手段があれば、問題は解決するわけですが、それは難題です。有能なボイス・トレーナーに個人的に師事し、絶えず助言を受けられるならば、事情はかなりよくなるかもしれませんが、それは殆どの人にとってまず不可能に近いことです。

となると、自分でフィードバックする手段を身につけるしかありません。つまり、主観的な声と客観的な声のズレをなくす感覚を身につけること、これが声のレッスンの土台であり、出発点でもあります。しかも、これこそがもっとも有効で永続きする方法なのです。その作業は主観的な声を信用せず、自分の耳を頼りにしないで、声を出しているときの身体感覚をキャッチし、それを通して開かれた喉や豊かな全身的共鳴の感覚を手に入れることです。そうやって声を出すときの生きた身体感覚を深めてゆけば、耳ではなく身体で自分の声を聞くことができるようになり、自分の声を客観的にイメージすることができるようになります。

声のレッスンの階段
声の基礎レッスンは大ざっぱに言って何階建てかの建物にたとえることができるかもしれません。その各階ごとにさらにいくつかの階段があって、それを一段ずつ着実にあがっていくことが基本です。

第一の段階では、まず最初に声の土台である呼吸のエネルギーの自然な流れをつくることが課題になります。身体の緊張を解きほぐし、呼吸器官、喉、舌や口の緊張を取り去って、身体運動の力学的センターである下腹部で呼吸を支える感覚を身につけることです。

そうして呼吸を身体の中心でしっかり支えられるようになると、呼吸は自由になり、喉や胸の筋肉の負担は全然軽くなり、声を出すために無駄な力を使わなくてすむようになります。そうすると、声に自然で力強い情動的エネルギーが加わり、自由にしなやかに溢れ出るようになります。

この段階ではさらに、喉を緊張させずに声帯の振動を生み出すこと、それを喉ではなく横隔膜と胸郭でコントロールすること、体内の声の通り道から妨害する緊張を取り除くこと、そして、頭部と胸の共鳴を統合する基本的な感覚を身につけることなど、一つ一つ順を追って課題を解決していかねばなりません。

続く第二の段階では、共鳴腔を有効に活かすための作業が加わります。主要な共鳴腔は胸と口腔ですが、上のほうには鼻腔の他に、副鼻腔を含む頭骨の共鳴があり、下のほうには、胸郭に同調する横隔膜から腹部、骨盤に到る共鳴もあります。理想的には足先から頭頂までが全体として一つの共鳴腔となることですが、そこまで達するには各部への作業をさらに意識的に行なわねばなりません。その上で全身の共鳴を統合し、豊かに強化するレッスンも必要です。声の柔軟性、音色、音域を広げることも課題になりますが、これには動物の鳴き声や自然界のさまざまな音を模倣すること、さらには詩や散文のシンプルなテキストを用いて行なうことも有効です。

この段階になると、内的な動機を持った音声、目的のある声をより重視しなくてはなりません。でなければ、単に声のための声のレッスンになってしまい、実際には役に立たない練習に終わってしまう危険があります。

第三の段階になって、声のアーティキュレーション(構音)が課題になります。主に唇と舌、そして顎の動きを改善して、言葉を明瞭に発音できるようにするレッスンです。アーティキュレーションというと、往々にして早口言葉と混同されています。勿論それも一部としては含みますが、主要な課題は言葉によるイメージを声として明瞭に表現するレッスンです。その場合、イメージそのものが明確でなければ、言葉を明瞭に表現することはできません。それには、最初はまずゆっくりと、音を豊かに共鳴させながら、言葉のイメージと音声を結びつける作業を行なわなくてはなりません。言葉のイメージと豊かな共鳴を無視して、ただ機械的に早口言葉をしゃべる練習は、言葉の生命を殺すにはとても効果的なレッスンだと言うべきでしょう。

この段階では、詩や散文だけでなく、対話を含んだ小説の一部や戯曲の短い場面など様々なスタイルのテキストを使うことになります。また、テキストなしの即興劇を試みるのもいいでしょう。ここから先は声を使うことを専門とする人たちのためのレッスンで、一般の方々には余り必要はないと思いますので省略します。

声のモチベーションと呼吸のレッスン
実際に声のレッスンに取りかかるに際して、とても大事なことがあります。声が生まれるメカニズムをきわめて単純に説明すると、吐く息が声帯を振動させ、それに身体の各部が共鳴することで声が出るというわけですが、その基には声を出そうとする衝動、欲求、動機というものがなければ声は生まれません。つまり声を出すということは何らかのモチベーションがあるわけで、それを実現しようとする衝動が神経のインパルスとなって呼吸器官へと伝わり、声のメカニズムを起動させるわけです。

その場合一番大事なのは息を吸うということですが、実際の感じとしては息を吸うというよりは、声の衝動が生まれると自動的に息が入ってくるという感覚です。声を出す、声を使うというのは、何らかの行動の目的や衝動があるからで、それを実現しようとすると、ほとんど無意識的に息を吸うことになります。逆に呼吸を意識的にコントロールして声を出すと、生き生きした声のエネルギーを殺すことになります。

声のレッスンはまず呼吸のレッスンから始まりますが、それは正しい呼吸法を身につけるために行うのではなく、柔軟で自然な呼吸を獲得することが目的となります。自然な呼吸とはどんな呼吸かということになりますが、それは時と状況に応じて、それにもっとも適した呼吸が自在に自然に生まれる状態です。強い怒りを感じて大声をだそうとすると無意識に素早く強く息を吸い込むでしょうし、愛する人に優しく声をかけようとすると柔らかく息を吸うでしょう。

呼吸レッスンの課題は、一言でいうと自分の呼吸の癖に気づくことにあります。正しい理想の呼吸法などというものはありません。私が取り上げる呼吸のレッスンは、自分の呼吸の歪みや限界に気づくように考案されています。時と状況に応じて自由に自在に、そして自然に、それにふさわしい呼吸が自然に生まれるようになるために行います。
少し前置きが長くなりましたが、声のレッスンはここから始まります。

[すでに別の形で公表した文章と一部重複する個所もありますが、最近必要があってまとめたものです。]

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胎児の世界とATM

テアトロ連載「ATM講座」次回のテーマは背面の拡張、要するに背中を拡げることをテーマに、レッスンを2種とりあげます。捻る動きと丸くなる動きを組み合わせたもので、全体の構成は一応できたので、細部のチェックにかかっています。

過去のワークショップで何度となく取り上げたテーマですが、今回は少し別の角度からのアプローチを試みています。自分で動きを試してみると、何となく胎児の世界のイメージが浮かんできました。

最近、故三木成夫氏の著書をいくつか再読し、個体発生と系統発生のつながりを改めて考えさせられます。三木氏の仕事をあれは科学じゃない、芸術の世界だと否定的に言う人も多いようですが、では科学とはいったい何でしょうか。

古くはゲーテ、それからユングの無意識の世界など、生命誕生以来30億年の進化の歴史が今も個々の生命の発生に関わっていると直感したひとは、有名無名を問わず他にも沢山いたに違いありません。

モーシェ・フェルデンクライスはヒトが生まれおちてからの成長のプロセスをATMレッスンの土台に置いていますが、その著作では何度となく胎児の世界に言及しています。彼は自らのメソッドを作り上げる過程で胎児の世界を強く意識していたようです。

第40回京都ワークショップのお知らせ

ご挨拶にかえて

6月19日(土)と20日(日)に京都仁和寺御室会館で開催する
第40回京都ワークショップの案内文をここに再録いたします。

京都ワークショップも回を重ね今回で第40回を迎えることになりました。年2回の開催ですからこの間に20年の歳月が流れたことになります。京都ワークショップがスタートした頃、フェルデンクライスの名は主として私が翻訳した2冊の書物を通じて興味を抱いたほんの一握りの人たちに興味を持たれていただけでした。それがここまで回を重ねることが出来たのは、このワークショップに参加下さった沢山の皆さまととりわけこれを主宰して下さる出口さんのお陰です。ここに改めて心から感謝いたします。

半年毎のこのワークショップのご挨拶を書きながら思うのは、この間の世の中の流れです。半年前には、政権交代の機運が高まり、自民党が大敗し、新しい連立政権誕生の熱気が日本中を覆っていました。それが今日の新聞を見ると、内閣支持率25%の見出しが躍っています。この状況をどう捉えるかについてはいろいろとご意見があるかと思いますが、ただマスコミや一部の報道のみに右往左往することなく、どこに問題の本質があるのかを見極めたいものだと思います。

さて、フェルデンクライスに話を戻しますと、すでにホームページやブログ、そしてFCJ通信(フェルデンクライス研究会員へのメールマガジン)などではお知らせしているのですが、演劇雑誌「テアトロ」誌上にフェルデンクライス・メソッドに関する連載を続けています。すでに完結した9回連載の「声のレッスン」(2009年1月号~9月号)に続いて、2009年10月号からは12回連載の「考える身体・フェルデンクライス基礎講座」(2010年9月まで)を続けています。内容は、初めての方にも取り組みやすい基礎的な入門レッスンに続いて、多彩な基本から応用的なものを含めて毎回2種のATMレッスンを取り上げています。とにかく読んで分かりやすい書き方に力を注ぎました。収録レッスンは全部で22種のレッスンになります。声のレッスン編も含めて、いずれそれぞれを1冊にまとめて皆まさに提供できるようにしたいと思っています。

今回のワークショップでは、前回「心をひらく体のレッスン」(新潮社・一光社)の中で時間の関係で出来なかったレッスンと、今回の雑誌連載で扱ったレッスンのうち特に重要なものを取り上げたいと思っています。

6月に京都でまた多くの方々とお会い出来るのを今から楽しみにしております。(2010.04.19記)

FCJフェルデンクライス研究会主宰 安井 武
FCJのサイト:www.felden.info  
Email:ta.yasui@dream.com
ブログ・フェルデンクライス:http://moshe.blog114.fc2.com

テーマ : 心、意識、魂、生命、人間の可能性
ジャンル : 心と身体

中野教室・市川教室の案内

ようやく風薫る5月を迎えました。いかがお過ごしでしょうか。
4月から新たにフェルデンクライス・メソッドによる「声のレッスン」をスタートしました。当面毎月1回の予定ですが、平日ご希望の方もいらっしゃるようですので、時には平日の開催を予定しています。また、夏以降になると思いますが、「眼のレッスン」の開催も予定しています。「身体のレッスン」(ATMレッスン)は今までのペースで続ける予定です。

■フェルデンクライス研究会の講習案内
会場:「中野教室」と「市川教室」の日程
3月から参加方法を若干変更しましたのでご確認下さい。
    =================
月日 曜               会場
5月8日(土)  なかのZERO・西館和室(2F)[声のレッスン]
5月22日(土) 市川市文化会館・和室(4F)
5月30日(日) なかのZERO・リハーサル室(B2)
6月6日(日)  市川市文化会館・和室(4F)
6月11日(金) 市川市寸暇会館・和室(4F)[声のレッスン]
6月26日(土) なかのZERO・リハーサル室(B2)
7月3日(土) 市川市文化会館・和室(4F)
7月17日(土)市川市文化会館・和室(4F)[声のレッスン]
    ==================
なかのZERO:本館多目的練習室・リハーサル室・西館和室
市川市文化会館:市川和室 または 会議室・練習室等
【時間】13時--17時(内容:ABCDの4レッスン)
 前半(AB)で導入レッスン、後半(CD)で応用レッスン
【講習料】
4レッスン(ABCD)を通して参加: ¥4,000-
3レッスン(ABCまたはBCD)に参加: ¥3,500-
2レッスン(AB・BC・CD)に参加:¥2,500-
【声のレッスンの場合】
  13時半--16時半、講習料は¥3,500-
参加ご希望の場合は必ず前日までに予約をお願いします
詳しくは以下のサイトやブログをご覧下さい。
http://feldenkrais.web.fc2.com/Pages/fcj_wshp09.html
http://moshe.blog114.fc2.com/
http://tayasuica.blog109.fc2.com/
また、最近ツイッターを始めました。ハンドルネームはFeldenInfo です。
プロフィール

安井 武

Author:安井 武
フェルデンクライス研究会主宰
FCJ(Feldenkrais Club Japan)
演出家(劇団俳優座)
IFF 認定 Feldenkrais Practitioner

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