スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

自然な声を拓く―動きと声の基礎レッスン序論―

ー動きと声の基礎レッスン序論ー

声のレッスンをはじめる前に
 声は演劇をはじめて以来たえず追い求めてきた課題でした。理想の声とはどんな声なのか? 美しい声、きれいに響く声、強い声、よく通る声、大きい声、等々、養成所の生徒や劇団の俳優たちに良い声とはどんな声かと訊くといろんな答えが返ってきます。これらはいずれも大事な要素には違いありませんが、いちばん大事なことが欠けています。私は「生きた自然な声」こそが求められる最良の声だと考えています。
 ただ一言でそうはいっても、そこにはいろいろ複雑な問題が潜んでいます。美しく響くよく通る声が必ずしも人の心を動かすとは限りません。強くて大きいだけの声は時にはうるさくて逃げ出したくなります。では「生きた自然な声」とはどういう声なのか? それについて考えてみましょう。
 端的に言いますと、人はそれぞれに違う声をもっています。よく「文は人なり」と言いますが「声は人なり」という言葉の方がもっと納得できると思います。声はその人の全人格、全生活史を背負っています。その人がいま出している声はもっともその人らしい声であることには間違いありません。ならばなぜそれをあえて変えなければならないのかということにもなりますが、もっと良い声を出せるようになりたいという願望は殆どのひとが持っているようです。
 では問題を別の角度からみることにしましょう。人はだれしも生まれてから多くのものを学んで身につけながら成長します。後天的に学ぶことを広い意味での「学習」といいますが、人間はほかの動物に比べてこの学習能力がずば抜けて高い動物です。生まれながらに身につけている能力を本能といいますが、人間は本能に比べて生まれてから獲得する能力、つまり学習する能力が他の動物に比べて格段に高いのです。人間は言語を使い、各種の道具を使いこなし、複雑な身体表現を身につけ、種々のメディアを使って芸術的表現を生み出し、コンピュータを使って複雑膨大な情報を管理する能力を習得することができます。
 しかし、人間は生まれてから成長する過程で、間違った、あるいは不自然な学習をすることからも免れることはできません。つまり成長するにつれて不自然な学習の量も増えてくることになります。私はそれを「癖」と呼ぶことにしていますが、言いかえれば成長することは多くの癖を身につけることでもあります。しかしその癖は大抵の場合、その人が本来もっているはず能力の実現を妨げる働きをします。癖と個性は異なります。癖を個性だと思ってそれに安住していては自分の能力を十分発揮することはできません。癖から自由になったとき、はじめてその人の個性は輝き、持てる能力を発揮できるようになるのです。
 癖から自由になるといっても、どうすればいいのでしょうか? それは自分で自分の癖に気づくことからしか始まりません。日常のちょっとした癖ならば、他人に指摘されればあるいは簡単になくなるかもしれませんが、自分のパーソナリティに深くしみ込んでいる癖となると、指摘されるとかえって傷が深まり、トラウマになることすらあるほど厄介なものです。そういう癖、つまり不自然な行動様式こそがその人の本来もっているはずの能力を損なっているのです。
 本来の自分を見失い、狭い世界に自らの可能性を閉じこめていることに気づくために、古来さまざまな方法が行われてきました。宗教的なものから始まって、科学的・心理学的なものまで、数え切れないほどたくさんあります。それらの中から、とても広いとは言えない私自身の体験を通して有効性を実感したいくつかの方法、とりわけモーシェ・フェルデンクライスのメソッドを応用して声の問題にアプローチしてみたいと思います。

自分の声を聞いたことがありますか?
 前置きはこれぐらいにして、さっそく実際にレッスンにとりかかりたいのですが、どうしてもはじめに言っておきたいことがあります。それはだれしも自分の声を自分で正確に聞くことはできないということです。確かに声を出しているとき、自分の発する声を自分の耳でキャッチしています。しかし、その自分で聞いている自分の声は、他のひとが聞いている自分の声と同じではありません。たぶん誰しも、自分の声を録音して聞いた経験があると思います。レコーダーから聞こえてくる自分の声を初めて聞いたときのことを覚えているでしょうか。それまで自分の声について抱いていたイメージとレコーダーから聞こえてくる自分の声との落差に愕然としなかったひとは、おそらく皆無ではないでしょうか。
 レコーダーによって再生される声は、写真の場合と同じように、機械的な変形を受けるので、その瞬間の生きたフィーリングをまざまざと再現してくれるわけではありません。しかしながら、録音された自分の声に対し自分自身が抱くほどの違和感を他のひとが感じるわけではありません。最近の技術では、手軽なレコーダーであっても、かなり正確に人の声を再現してくれます。だから他人は録音されたあなたの声を聞いても、あなたの生の声との違いには殆ど気づかないのが普通です。どうしてそういうことが起こるのでしょうか。
 その一つの原因は、自分の声を聞く場合の生理的メカニズムを考えてみれば分かります。声は、声帯で生まれた振動が内部の共鳴腔で増幅され、口から外へ空気中の音波となって広がります。その音は自分の耳へも他人の耳にも同じように入ってきます。そのかぎりでは、自分も他人も同じ音を聞いているわけです。しかし、自分の声にはその他に体内で増幅された振動が骨伝導によって内耳へ直接伝わってくる音が加わります。これがかなり大きい割合を占めます。自分以外のひとには、この声は聞こえません。

声の自己イメージ
 さらにもう一つ、はるかに重要な要因があります。それは自分の声について自分自身が抱いているイメージにあります。声の自己イメージは、先のフィジカルな要素もその一部として含みますが、さらに大きく、生まれてからの環境や自己教育の結果として、社会的・文化的・生理的諸条件に制約され規定されて育まれます。それは声についての感覚や概念、音質や音色の好み、声によるコミュニケーションの個人的特質として、深く身に染みついています。たとえば、自分では内的欲求にしたがって生き生きとしゃべっているつもりでも、周りのひとには生気のないしゃべり方だと思われたり、その逆の場合もあります。また、自分では「ア」と「オ」をはっきり発音しているつもりでも、他人が聞くと、その区別が曖昧であったりします。
 自分が出しているつもりの声と他人が聞くその声との違いの主要な原因は、自分の声に対する主観的な感覚と意識、すなわち声の自己イメージにあるのです。「声は人なり」と言いましたが、声にはそのひとの全人格が深く結びついています。声について何かを指摘されると、往々にして深く傷つけられた気がするのはそのせいです。声がそれほどにも自己イメージに強く制約されているのだとしたら、自分の声を客観的に聞くことは不可能だということになります。このことは声のレッスンにとって、きわめて厄介な状況を生み出します。
 声のレッスンの目的は、客観的な声を改善することにあるのですから、主観的にしか自分の声を聞くことができないとなると、自分の耳に頼った声のレッスンは意味がないことになってきます。意味がないだけでなく、有害でさえあるのです。常に自分の声がどう聞こえているかをフィードバックしてくれる手段があれば、問題は解決するわけですが、それは難題です。有能なボイス・トレーナーに個人的に師事し、絶えず助言を受けられるならば、事情はかなりよくなるかもしれませんが、それは殆どの人にとってまず不可能に近いことです。
 となると、自分でフィードバックする手段を身につけるしかありません。つまり、主観的な声と客観的な声のズレをなくす感覚を身につけること、これが声のレッスンの土台であり、出発点でもあります。しかも、これこそがもっとも有効で永続する方法なのです。その作業は主観的な声を信用せず、自分の耳を頼りにしないで、声を出しているときの身体感覚をキャッチし、それを通して開かれた喉や豊かな全身的共鳴の感覚を手に入れることです。そうやって声を出すときの生きた身体感覚を深めてゆけば、耳ではなく身体で自分の声を聞くことができるようになり、自分の声を客観的にイメージすることができるようになります。

声のレッスンの階段
 声の基礎レッスンは大ざっぱに言って何階建てかの建物にたとえることができるかもしれません。その各階ごとにいくつかの階段があって、それを一段ずつ着実にあがっていくことが基本です。
 第一の段階では、まず最初に声の土台である呼吸のエネルギーの自然な流れをつくることが課題になります。身体の緊張を解きほぐし、呼吸器官、喉、舌や口の緊張を取り去って、身体運動の力学的センターである下腹部で呼吸を支える感覚を身につけることです。
 そうして呼吸を身体の中心でしっかり支えられるようになると、呼吸は自由になり、喉や胸の筋肉の負担は全然軽くなり、声を出すために無駄な力を使わなくてすむようになります。そうすると、声に自然で力強い情動的エネルギーが加わり、自由にしなやかに溢れ出るようになります。
 この段階ではさらに、喉を緊張させずに声帯の振動を生み出すこと、それを喉ではなく横隔膜と胸郭でコントロールすること、体内の声の通り道から妨害する緊張を取り除くこと、そして、頭部と胸の共鳴を統合する基本的な感覚を身につけることなど、一つ一つ順を追って課題を解決していかねばなりません。
 続く第二の段階では、共鳴腔を有効に活かすための作業が加わります。主要な共鳴腔は胸と口腔ですが、上のほうには鼻腔の他に、副鼻腔を含む頭骨の共鳴があり、下のほうには、胸郭に同調する横隔膜から腹部、骨盤に到る共鳴もあります。理想的には足先から頭頂までが全体として一つの共鳴腔となることですが、そこまで達するには各部への作業をさらに意識的に行なわねばなりません。その上で全身の共鳴を統合し、豊かに強化するレッスンも必要です。声の柔軟性、音色、音域を広げることも課題になりますが、これには動物の鳴き声や自然界のさまざまな音を模倣すること、さらには詩や散文のシンプルなテキストを用いて行なうことも有効です。
 この段階になると、内的な動機を持った音声、目的のある声をより重視しなくてはなりません。でなければ、単に声のための声のレッスンになってしまう危険があります。
 第三の段階になって、声のアーティキュレーション(構音)が課題になります。主に唇と舌、そして顎の動きを改善して、言葉を明瞭に発音できるようにするレッスンです。アーティキュレーションというと、往々にして早口言葉と混同されています。勿論それも一部としては含みますが、主要な課題は言葉によるイメージを声として明瞭に表現するレッスンです。その場合、イメージそのものが明確でなければ、言葉を明瞭に表現することはできません。それには、最初はまずゆっくりと、音を豊かに共鳴させながら、言葉のイメージと音声を結びつける作業を行なわなくてはなりません。言葉のイメージと豊かな共鳴を無視して、ただ機械的に早口言葉をしゃべる練習は、言葉の生命を殺すにはとても効果的なレッスンだと言うべきでしょう。
 この段階では、詩や散文だけでなく、対話を含んだ小説の一部や戯曲の短い場面など様々なスタイルのテキストを使うことになります。また、テキストなしの即興劇を試みるのもいいでしょう。
 これから先の段階は、戯曲の上演になり、観客との関係の中で声のテーマを深めることになりますが、そこまで問題を広げると基礎レッスンの範囲を超えてしまいます。そのためにはさらに大きいコンテキストのなかで課題を展開しなくてはなりませんが、しかしその場合でも、今まで述べた基本的な課題にたえず立ち返ることは、決して無駄ではないどころか、絶対に必要なことです。

呼吸のレッスンと声のモチベーション
 実際に声のレッスンに取りかかるに際して、とても大事なことがあります。声が生まれるメカニズムをきわめて単純に説明すると、吐く息が声帯を振動させ、それに身体の各部が共鳴することで声が出るというわけですが、その基には声を出そうとする衝動、欲求、動機というものがなければ声は生まれません。つまり声を出すということは何らかのモチベーションがあるわけで、それを実現しようとする衝動が神経のインパルスとなって呼吸器官へと伝わり、声のメカニズムを起動させるわけです。
 その場合一番大事なのは息を吸うということですが、実際の感じとしては息を吸うというよりは、声の衝動が生まれると自動的に息が入ってくるという感覚です。声を出す、声を使うというのは、何らかの行動の目的や衝動があるからで、それを実現しようとすると、ほとんど無意識的に息を吸うことになります。逆に呼吸を意識的にコントロールして声を出すと、生き生きした声のエネルギーを殺すことになります。
 声のレッスンはまず呼吸のレッスンから始まりますが、それは正しい呼吸法を身につけるために行うのではなく、柔軟で自然な呼吸を獲得することが目的となります。自然な呼吸とはどんな呼吸かということになりますが、それは時と状況に応じて、それにもっとも適した呼吸が自在に自然に生まれる状態です。強い怒りを感じて大声をだそうとすると無意識に素早く強く息を吸い込むでしょうし、愛する人に優しく声をかけようとすると柔らかく息を吸うでしょう。
 呼吸レッスンの課題は、一言でいうと自分の呼吸の癖に気づくことにあります。正しい理想の呼吸法などというものはありえません。これから取り上げる呼吸のレッスンは、自分の呼吸の歪みや限界に気づくように考案されています。
スポンサーサイト

ミア・シーガルさんのレッスン・体験記(1998/12/01記)

出会いと発見 12
ミア・シーガルさんのレッスン(FCJサイトより転載)



前回の号外(FCJ講習会案内)にも書きましたが、この夏に受けたミア・シーガルさんのレッスンは大変刺激的でした。彼女はモーシェ・フェルデンクライス自身がいちばん信頼していた生徒にして協力者、現存する最良の指導者だと言われており、高名にして伝説的な人物です。20年以上前3年間ほど日本に滞在したこともあるのですが、今回はティーチャーズコース3年目冒頭の3週間、トレーナーとしての来日でした。待ち望んでいた甲斐があったと言うべきか、ひと味もふた味もちがったレッスンを楽しむことができました。

一言でいうと、それは大変に分かりやすいレッスンでした。例えば、ATMレッスンの動きの一つを取り上げ、それを全員で行ってから、何人かが選ばれてみんなの前でやってみせます。選ばれた人たちの動きはそれぞれに微妙なあるいは明らかな違いがあったりします。残りのものたちはそれを観察しながら、どこがどう違うかを指摘するよう求められます。何人かが発言したところで、今度は先生が一人一人の発言にコメントを加えながら、その動きのポイントを説明します。これは普通よく行われるやり方なのですが、ミア・シーガルさんの場合、そのときの応答・説明がきわめて具体的かつ丁寧で、観念的な言葉をできるだけ避けて話されるので、非常に理解しやすいのです。どんな初歩的な、一見つまらないと思われる質問にも、噛んで含めるように懇切に周到に疑問を解き明かしながら答えが返ってきます。

説明が具体的で丁寧だと言いましたが、このことはレッスンの進め方についても言えます。この3週間の期間に取り上げられた動きの数は非常に少なく、ATMレッスンにしてわずか3種か4種ぐらいでしかありませんでした。ひとつのATMレッスンの主要な動きをテーマにして、その一つのテーマをずっと1週間かけて様々な方向から検討し味わい尽くすという感じでした。そうすると、今まで気がつかなかった世界が見えてきて、広く浅くではなく、一つのものをより深く体験することがいかに大切かを思い知らされました。

レッスンの内容は、ATMの動きを使ったFIへの導入でした。どういう風にやるかというと、例えば2人でペアを組み、一人が動きを行い、もう一人は相手の動きをただ観察することからはじめ、そのあと相手の体のどこかに手を添えて相手の動きをじっくり感じ取ろうとします。ときどき手を添える部位を変えたりして、よりよく相手を感じられるようにします。

最初のうちは相手の動き方が気になったり、自分のイメージと違ったりして、抵抗感を覚えたりします。しかし、自分の中にある強ばりをほぐし、自然に呼吸をしながら、できるだけ虚心になり、素直に相手を受け入れようとしていると、いつの間にか、相手との一体感が生まれてきて、一つの動きを二人して生み出しているような感覚になってきます。それから、今度は相手と役割を入れ替わって同じことを行います。これが一区切りつくと、今度は相手を変えてペアを組み、ふたたび同じことを試みます。役割を入れ替わったり、ペアの相手を代えるたびに、また別の発見が生まれます。

これに似たやり方を毎日かなりの時間を割いて続けるのでした。見方によっては、一見同じことばかりやっていて退屈するのではないかと思われるようですが、相手がかわることによって、同じことがこうも違うのかと感じ、違いを味わうこと・体験することが楽しみになってどんどん繰り返したくなってきます。これこそまさにこの手ではっきりと感じられる発見だったということができます。

レッスンにかかる前に、あるいはその途中で、ミア先生は誰かを相手に実際に手を肩や背骨などに添えて簡単なデモンストレーションをやってみせ、かなり時間をかけて具体的なポイントを指摘してくれるのですが、そのときの集中力の大きさにも非常に感銘を受けました。3年目のコースはFI中心のプログラムにシフトするのですが、このようにしてATMからFIへの導入を実にスムーズに、説得力あるあり方で導かれたのでした。無駄口をたたくことの多いトレーナーが少なくない中で、どんなことでも簡潔に明瞭に表現し、誰とでも親しみ深さと暖かさをもって接するミア・シーガルさんの中には、フェルデンクライス・メソッドの真の知恵がもっとも人間的な形で息づいていると感じたのでした。

フェルデンクライス研究会機関誌 第20号(1998/12/01発行)所載

しなやかにして水低きに流るるがごとく Ruthy Alon "Movement Nature Meant"

Ruthy Alon "Movement Nature Meant"



ルーシー・アーロンはモーシェ・フェルデンクライスから直接教わった第一世代の指導者の一人です。世界各国でフェルデンクライス・メソッドを指導し、多数のプラクティショナーを養成してきました。このビデオではルーシー自身の動きを観ることができます。"Movement Nature Meant"は約30分のプログラムでフェルデンクライス・メソッドの優れたプロモーション・ビデオとなっています。ルーシーはまた"Bones For Life"の創始者としてもよく知られています。またその著書"Mindful Spontaneity"は、フェルデンクライス・メソッドの本質を詳細に論じた名著で、多くの独創的なレッスンが詳しく記述されています。









ATM音声ファイル無料公開「胸郭の解放」シリーズを追加しました

ATM音声ファイル無料公開(最終回)

『胸郭の解放』シリーズ

これは2008年の暮れに朝日カルチャーセンターで行ったレッスンのライブ録音です。内容は呼吸の働きと胸郭の動きを改善することがテーマとなっています。

参加者の半分以上はほぼ全くの初心者だったので、入門的な部分を重視したレッスンとなっていますので、初めての方にも取り組みやすいものになっていると思います。

なお、音声ファイルの無料公開は今回をもって取りあえず終了と致します。やらねばならないことがいろいろ山積してきまして、余裕がなくなってきたことが一番の要因ですが、それとともに、2年余り前から続けている闘病生活のため、適当に身体を休めながら仕事をしている状態で、余り無理はできません。ご了承下さい。

当分は雑誌連載原稿のリライトと手元の膨大な資料類の整理など、フェルデンクライス関係だけでもやるべきことは山積しています。ただ、余り手を広げすぎると虻蜂取らずに終わりますので、ここしばらくは中野教室と市川教室、および京都ワークショップでのレッスンに集中しながら、やるべきことを実行するつもりです。その中で新らしいレッスンCDのリリースも企画しています。

【ATM音声ファイルのダウンロード方法】
まず、次にアクセスして下さい。
http://public.me.com/feldeninfo/ja/
次のパスワードを入力して下さい。
PW:feldeninfo34
そして、必要なファイルを選択してダウンロードボタンを押して下さい。
なお、音声ファイルの再生にはiTunesをご利用下さい。
Windows用、Mac用ともにAppleStoreでダウンロードできます。無料ソフトです。

ご意見・ご感想などをお待ちしています。

「だれでもできる・どこでもできるフェルデンクライス」ATM音声ファイルアップしました

新たにフェルデンクライス・メソッド・ATM音声ファイルをアップロードしました。

だれでもできる・どこでもできるフェルデンクライス

これは2005年10月から11月にかけて東京・新宿朝日カルチャーセンターで3回にわたって行ったレッスンのライブ録音です。1回2時間のコースで3回ですから、延べ6時間ですが、毎回5レッスン行いましたから、レッスン総数は30種類で、各レッスンは平均して20分前後のものです。

ただし、第2回目のファイルはレッスン毎に分割されていますが、初回と3回目のファイルは分割がまだできていません。今後時間の余裕ができたときに分割作業を行うつもりですが、当分はいまのままのファイルをご活用下さい。

【内容一覧】
・acc20051001ab:a.はじめに/b.ボディスキャン
・acc20051001cde:c.骨盤の回転/d.お尻歩き/e.骨盤の可動性
・acc20051029a:膝を抱いて肘と膝を近づける
・acc20051029b:膝を開く・左右へ倒す
・acc20051029c:膝をもって転がって座る
・acc20051029d:骨盤で時計の動き
・acc20051029e:肩帯の解放
・acc20051105ab:a.伏臥で伸筋の解放/b.頸の解放
・acc20051105cde:c.肩の解放/d.首と肩を伸ばす/e.手のレッスン

【現在公開中の音声ファイル】
・ATM体験版  8ファイル
・目のレッスン  6ファイル
・比叡山WS記録 9ファイル
・心をひらく体のレッスン第1集 8ファイル

【ATM音声ファイルのダウンロード方法】
まず、次にアクセスして下さい。
http://public.me.com/feldeninfo/ja/
次のパスワードを入力して下さい。
PW:feldeninfo34
そして、必要なファイルを選択してダウンロードボタンを押して下さい。

ご感想をお待ちしています。

フェルデンクライス研究会{FCJ}
主宰・安井 武


参考資料「心理療法からフェルデンクライスへ」 Yvan Joly (抄訳)

心理療法からフェルデンクライスヘ  (抄訳メモ)

初めてフェルデンクライス・メソッドと出会ったとき、私はカルチャー・ショックを受けた。ATMレッスンを最初に受けたときには、到底平静ではいられなかった。頭痛と不安と感情の動揺に見舞われた。初めてのFI(機能的統合)レッスンを受けた時には、母親の胸の中にいる自分を思い出して、冷静な感情を保つことはできなかづた。アマーストでのトレーニングプログラムの1年目が始まったとき、ものも言わず、表情も変えずに、2ヵ月間も床の上を転がるだけの200人以上の顔のない、感情のない、ゾンピーみたいな訓練生たちと付き合うだけの気持ちの準備は私にはできていなかった。

モーシェが最初の訓練期間を指導しながら、体の動きと内的過程の関係を気づぎもせず、そういう全人間的な意識を認めもしないことは、理解しがたく、また我慢ならなかった。私は最初のこの9週間のうちの7週間を、過酷な試練に果たして耐えられるかと危ぶみながら過ごしたが、結末を見届けてやろうというだけのことだった。この男は、レッスンの動きが私たちの中に生み出す内的体験に、本当に気づいていないのだろうか? モーシェは滅多に個人的な指摘はしなかったし、私たちがどう感じているかも訊ねもしなかった。モーシェは、個人の内面生活は背景に、無意識へ追いやり、言いたてるべきではないという雰囲気を作り出した。(いずれ分かったのだが、こういう雰囲気は、自分の面倒を自分でみる方法を学ぶ人にとっては最善の場なのだ)

綱渡りの7週間の後、マーシャ・ジャーメイン・ハッチンソン(心理学者)と私は酔っ払って、大胆にもモーシェに直接手紙を書いた。「親愛なるモーシェ、あなたはどうして、レッスンの動きが私たちの内部に引き起こすことがらについて一言も触れようとしないのですか? 空間を漂うような不安感、脈絡なく騒ぎたてる感情、混乱、過去のものと思っていた行動様式(強迫観念、何かが食いたくてたまらんという気持ちなど)、自己や世界に体する異常な認識、それから、様々な身体的徴候(吐き気、頭痛、不眠、吹出物なんどはほんの序の口です)を一体どうすれぱいいのでしょうか?」

それは金曜日の夜だった。週末はのろのろと過ぎた。マーシャと私は不安だった。モーシェのいつもの流儀でこっぴどくやっつけられるだろうと思った。ついに月曜の午後、モーシェは青いシャツのポケットから質問状を取り出して喋りはじめた。「これは専門家からの質問だ。心理学のね」私の記憶によれぱ、大体このようなことを言った。

「あなたたちの内面生活の不快や不安は、無力感、不安定感の現われですね。自分を安定させる方法を学んでください」モーシェは心理学には全く疎いのか、それとも重大な新しい見地を指摘したのか。

[治療から学習へ]
その後1年の間、私はこのモーシェのメッセージをひねくりまわしていた。これを書いている今は、治療《セラピー》と学習は違うのだといことが分かっている。私たちがATMで体験したことは、自分の内面生活のプロセスに対する不快感だったのだ。だから、私たちは治療的見地から治療《セラピー》を求めてしまったのだ。私たちがやったようなやり方をすれぱするほど、治療の材料ぱかりを考えることになり、ますます無力感に苛まれたのである。ところが、モーシェが言わんとしたのは、私たちの強迫的行動こそが無力感を生み出すということだった。私たちが自らの無力感に直面することになったのは、よりよい内面性を自分に授けるためなのであった。私たちが体験したものは、私たち自身の行動の結果にほかならない。さまざまの徴候を見せた私たちの不快感は、わざと呼ぴ起こされたものであり、ある意味ではよいトレーニングによって、問題や限界に迫った結果だとも言える。私たちが出会った困難は、自分自身にいかに対処するかも知らずに、急いで結果を求め過ぎたせいだった。最善をつくそうとしたけれども、結局は不快感と情緒不安を増幅するようなやり方を燥り返していただけだった。

学ぱねぱならなかったのは、可能性の感覚、快適の感覚を発展させることであった。一言で言って、私たちにとって、また私たちの職業上の見地からして、長い道のりではある。

セラピーの概念の中には、病気治療の場合と同じく、こうあらねぱならないというプラトン的な理想モデルが存在する。病気になるのは、そのモデルからの逸脱なのである。ほとんどのセラピーとほとんどの治療モデルは、問題、診断、予後、治療計画を扱うが、それは物事を正すため、理想モデルヘ戻すことを目的としている。だから、心理療法を行なうためには、心理学的問題を発見しなけれぱならない。それに比して、学習は、新しい技能、新しい可能性の発展を目的とし、感情の体験、増幅、解釈、表現などにはあまり重点をおかない。学習という方策は、私たちの欲求するものを実現するための別の方注を生み出すことに集中する。

 苦痛、欲求不満の悪循環、強迫観念的な行動、性行為の失敗、心身症などは、欲するものが得られない場合の共通した徴候だ。望ましくない結果をもたらしたり、望ましい結果をもたらしてくれないコンテキスト(諸関係)、根本的原因は、より強められ、身についてしまう。それに対し、学習のプロセスは、技能を獲得して、求める結果を実現できるような状況を生み出してくれる。ATMやFIでは、快く楽な感じやハーモニーを求めながら、それらを味わっているうちに、快適な感覚の中で動きが上達し、内面生活のことを気にかける必要はない。不安も気苦労も、無力感も余り感じなくなる。私たちの内面生活は、調和のとれた行動(行動のハーモニー)を反映し、なにかができないとう問題はどこかに隠れてしまう。自分の体験することに十分対処できるようになり、強迫観念に悩まされることも、セラピーを受ける必要もなくなる。(まさにその理由で、セラピストたちの中には―特に精神分析医たちは―自分の患者たちがフェルデンクライスをすることをやめさせている。問題がなくなり、不安が弱まってしまうわけだから、セラピーの材料が行方不明になる)

今日、精神が身体に影響を与える、「心が病を癒す」ことを発見したと思い込んでいるひとは、少なくない。しかし、もう一つ、「体が心に教える」という発見がある。この身体の精神への影響こそ、モーシェの貢献を説明するもう一つの面である。しかし、次の発見、真にフェルデンクライスが発見したことは、『身体は精神であり、精神は身体である』ということである。一方の前進は他方の前進である。……モーシェは、精神と身体の分かちがたい一体性をきわめて明確に述べた最初の一人である。体のあらゆる部分と心のあらゆる面を含んだ我々の全ては、我々のどのような感覚、感情、思考、運動にも含まれている。……そいういう考え方にたてば、声からでも、歯からでも、情動からでも、手書き文字からでも、夢からでも、どんな人にもアプローチすることができる。

[フェルデンクライスの文化的特徴と背景]
モーシェが"Awareness Through Movement"(安井武訳「フェルデンクライス身体訓練法」1982年大和書房 p.47-57参照)で述べているように、人間の行動には、感覚、感情、思考、運動という四つの要素が含まれているが、各要素は切り離すことはできず、互いに他の要素を含んでいる。自己開発に取り組むに当って、運動の面からアプローチするのは、それが一番コントロールしやすいからである。(ユダヤ人社会の強制収容所体験に関して)心理的、情緒的な面に深入りする方法は、強制収容所体験をもつユダヤ人に対しては愚かな方法だと言える。快いもの、快適なものに焦点を当てるやり方のほうが有効である。過去を洗い流すことはできない。しかし、感じているものを変えるために、今までとは違ったふうに行動することで、新しい体験を味わい、自然に有機的に治療するようにもって行くことができる。

Yvan Joly:FROM BODY ORIENTED PSYCHOTHERAPIES TO FELDENKRAIS(Feldenkrais Joumal No.4 p.4-7)

ATM音声ファイルの追加公開作業はしばらく中断します。9月上旬に再開予定。

次回の音声ファイル公開は9月上旬の予定です。

波乱の7月が過ぎて8月の声を聴くと、心なしか涼風が秋の気配を感じさせます。
みなさまいかがお過ごしでしょうか。

【ATM音声ファイルの公開】
新しい企画として始めたATM音声ファイルの公開ですが、現在公開しているファイルの一覧は次の通りです。
・体験版:8ファイル
・比叡山ワークショップの記録:9ファイル
・眼のレッスン:6ファイル
・心をひらく体のレッスン第1集:8ファイル
[以上合計31ファイル]

この企画は大変好評をもって迎えられ、多くの
方々がダウンロードして活用して下さっています。

ダウンロードは次のページにアクセスして下さい。
https://public.me.com/feldeninfo/ja/
パスワードは:feldeninfo34

この企画は今後も継続するつもりですが、取りあえず第1期の公開はこれをもって取りあえず終了し、
しばらく期間をいただいてから再開する予定です。
レッスン内容に関するご希望や、音声ファイル活用のご感想などありましたら、
是非ともお寄せ下さるようお願い致します。


「心をひらく体のレッスン・第1集」音声ファイルの無料公開にあたって

「心をひらく体のレッスン・第1集」
    音声ファイルの無料公開にあたって

この第1集の内容は「フェルデンクライス研究会」の記念すべき第1回ワークショップの記録です。これは1988年8月に目黒住区センター三田分室の2階和室で、10名余りの参加者を得て、四日間にわたって行いました。私にとっては初めて有料で行うフェルデンクライスですから、それなりの準備と覚悟と緊張感をもって臨みました。

この記録テープはその後、「心をひらく体のレッスン第1集」として有料で発売し、以来20年以上にわたり全国の多くの方々にお買い上げいただき、フェルデンクライスの普及と研究に一方ならぬ貢献を果たすことができました。その後、レッスンCDは第7集まで、他に声のレッスンと体験版、入門編などを含めて多数リリース致しました。そこでこの第1集はその歴史的使命は果たしたと判断して、昨年度に絶版と致しました。

しかしながら、第1集に対するご要望が未だに絶えることがない有様で、何とかしてご希望に添えるよう考えたすえ、音声ファイルとして無料公開をすることに致しました。私自身としましても、この記念すべきセッションが、このような形でより多くの皆さまにお届け出来ることは嬉しいかぎりです。いま改めて聴き返してみて、私のフェルデンクライスの原点はここにあると再確認したところです。

ただ、なにぶんにも初めての公開レッスンですから、いろいろ不備な点があるのは十分承知しております。それを補う意味で以下の解説・説明を附記しました。どうかお目を通していただきたいと存じます。

ダウンロードは次のページから:
https://public.me.com/feldeninfo/ja/
パスワード:feldeninfo34

【レッスンを始める前に】
1:練習するのに一番よい時間は、夜寝る前です。それも食後一時間以上経ってからにしてください。食後すぐ練習するのはよくありません。朝眼が覚めた時に、布団の中で前夜行った動きを二つか三つ思い出して練習してみるのもいいでしょう。
2:服装は、体の動きや呼吸を妨げないようなゆったりした柔らかいものにしてください。背中にポタンやファスナーのついたものは避けてください。
3:畳またはカーペット敷きの床の上でレッスンを行ってください。体に痛みを感じる場合には、バスタオルや毛布のようなものを余分に敷くのがいいでしょう。それでも苦しいならば、布団やベッドの上でもかまいませんが、あまり柔らかすぎるものの上は望ましくありません。
4:手足を伸ばしても、邪魔にならない程度の広さを確保してください。
5:暑すぎるのも寒すぎるのもよくありません。快適な室温を心がけてください。集中できるような静けさも必要です。
6:休息するように指示された場合の他は、動きを続けながら、説明の言葉に耳を傾けてください。そうすれぱ、行動しながら考える能力が身につきます。
7:動きの速度は、最初はできるだけゆっくり行ってください。自然な呼吸のリズムが目安です。
8:最初から大きな動きを目指すのはよくありません。力をできるだけ節約して、自然な呼吸を乱さない程度にし、微妙な違いに注意を向けてください。
9:機械的な繰り返しにならないように、動きの度によりよい体の使い方を探りながらレッスンをしてください。

【補足と説明】
レッスン:1A 中心の発見・伸筋と屈筋の調整
◎これは体の中心部分の力を上手に使うためのレッスンです。骨盤には体内のいちぱん強い筋肉群がつながっています。言わば、骨盤は体のモーターです。全ての動きの力が骨盤から生まれるようにすれぱ、全身はひとつになって動くことができます。これは基本的に重要なことです。
◎このレッスンでは体の前面の筋肉を調整します。腹筋だけでなく、胸や首の前の筋肉も含めて有機的に使うことが必要です。その場合、背中側の筋肉を全体として弛めることが大切です。背中をリラックスさせれば動きはぐっと楽になります。

レッスン:1B .捻る動きを使って全身を調整する
◎体を捻じりながら中心部分の筋肉を上手に使い、その力を末端ヘスムーズに伝達するためのレッスンです。動きの中心を発見してください。
◎腕のブリッジというのは、肩よりも上(頭の方向)の床に掌をつけて肘が天井を向くようにし、手の指先を下の方(足の方向)に向けたポーズです。肩と手首が三角形の底辺になり、肘がその頂点になります。掌をおく位置は頭からやや離して、楽な場所を見つけてください。

レッスン:2A 捻る動きによる伸筋と屈筋の調整
◎体を捻じった状態で1-Aと同じような目的をもったレッスンです。頭の上げ方には特に注意を払ってください。
◎録音が途中で終わっていますので、その後のやり方を説明します。
1:左下になって同じように横臥し、左手を頭の下に入れて、鼻が天井を向くように体を捻じります。そして、頭と両脚を同時に上下します。終わったら休息。
2:左下になって同じように横臥し、右手を頭の下に入れて、鼻が天井を向くように体を捻じります。そして、頭と両脚を同時に上下します。終わったら休息。
3:左下になって同じように横臥し、両手を頭の下に入れて、鼻が天井を向くように体を捻じります。そして、頭と両脚を同時に上下します。終わったら仰臥休息。
4:立ち上がって体の感覚を確かめ、周りを歩いて変化を味わってみます。

レッスン:2B 骨盤の動きが股関節と背骨の可動性を高める
◎これは脚の動きというよりも、骨盤の動きです。確かに股関節の可動性は高まりますが、それは骨盤の周りの筋肉の有機的な調整の結 としてそうなるのです。
◎これも録音が途中で終わっていますので補足します。
1:左手で左足甲をとり、左膝を交互に入れ替える動きを拡大します。左膝を左腕の外側に出して下ろすときには、左足を右膝の右側の床に下ろすようにします。次に、左膝を左腕の内側に入れて下ろすときには、左足を左後ろのほうの床へ下ろします。この動きを次第に大きくしてゆくと、左後ろへ下ろすときに、左膝の内側が床につくようになります。骨盤の動きを加えると楽になります。終わったら長めの休息。
2:最後にもう一度、最初におこなった基本的な動きを試して動きの改善を確かめてください。終わったら休息。立ち上がって体の感覚を味わい、歩いてください。

レッスン:3A 全身を丸めて転がる動き
◎体を丸めて床の上を転がる動きです。これは手足の動きではなく、体の中心に近い部分、特に腰椎と胸椎のあたりを丸めることがポイントになります。

レッスン:3B 全身を伸ばして転がる動き
◎これは床の上を横に転がる動きです。そこへたどりつくプロセスを丁寧におこなってください。

レッスン:4A/B 統合された動き 
◎この二つのレッスンは、これまでのレッスンの動きを総合するとともに、より細分化した要素を含んでいます。動きをはっきりイメージしながら、注意深くおこなってください。


心をひらく体のレッスン第1集
☆☆ 生録音ですので、若干聞き苦しい個所 ☆☆
☆☆ もあるかと思いますが、御了承ください ☆☆
1988年10月20日制作発行
フェルデンクライス研究会・安井武
Copyright:TakeshiYasui,1988.

眼のレッスン音声ファイル6種公開

新たに眼のレッスンの音声ファイルを公開しました。
これは2008年の7・8・9月に行ったレッスンの音声記録です。
ファイルは全部で6個あります。
いつものように、下記にアクセスしてダウンロードして活用して下さい。

http://public.me.com/feldeninfo/ja/
パスワード:feldeninfo34

その内容は以下の通りです。
レッスンのご感想をお待ちしています。

眼のレッスン・プラン  安井 武

2008年7-8-9月 朝日カルチャーセンター新宿

今回は久しぶりにフェルデンクライス・メソッドによる眼のレッスンを取り上げます。目は人間の感覚器官の中でも一番重要でありながら、もっとも理解されていないものではないかと思います。視力検査で分かるのは目の働きの一部でしかありません。

目の機能で重要なのは、全身の機能との関係、すなわち体の動きを導く目の働きです。スポーツの分野などで重視される動体視力なども、眼の機能の重要な一部を占めています。
今回の講座では、体の動きと目の機能との関連をさぐりながら、目の働きを改善するためのレッスンを行います。内容は3回の講座で段階を追って進行しますので、3回通しでの参加をお薦めします。

7月5日(土)18:30~20:30
「眼のリラックス」
・眼の日光浴と利き目
・周辺視野を改善する
・首の緊張を解放する

8月2日(土)18:30~20:30
「眼の働きと身体各部の関係」
・眼の動きと骨盤の動き
・眼の動きは全身の動きをリードする

9月6日(土)18:30~20:30
「眼の機能への気づき」
・眼の焦点を改善する
・眼の感覚を深める

新規にATM音声ファイルを3種公開!

比叡山延暦寺ワークショップの記録から

比叡山ワークショップの記録から、新規に以下の3種の音声ファイルをアップしました。

・hieizan07.mp3[ハヌカの燭台](39’36”)
・hieizan08.mp3[呼吸の支えと声の土台](51’59”)
・hieizan09.mp3[横臥で頭を固定して全身を捻る](74’42”)

下記にアクセスしてダウンロードして活用して下さい。
http://public.me.com/feldeninfo/ja/
パスワード:feldeninfo34

【附記】
上記の3種のファイルのうち、冒頭部分の録音が欠けているものがあります。
早急に欠落部分を補充しますので、今しばらくお待ち下さるようお願いします。

**欠落部分の補充は終わりました。(7月24日 16:24)

新たにATM音声ファイルを公開しました

比叡山延暦寺ワークショップの記録から、
MobileMe iDiskに次のファイルをアップロードしました。


・hieizan05.mp3[仰臥から伏臥へ]
・hieizan06.mp3[仰臥から横臥して座るまで]

いずれも55分余りの音声ファイルです。
下記にアクセスしてダウンロードして下さい。
http://public.me.com/feldeninfo/ja/
パスワード:feldeninfo34

所要時間が長すぎると思う方は、適当に分割して活用下さい。

音声ファイルの編集にはFreeWareが各種あります。ネットで検索して適当なものを入手して使用下さい。音声ファイルの分割は、もっとも単純な作業の一つです。どのソフトを使用してもまごつくことはないと思います。

「考える身体」内容一覧

ATM基礎講座「考える身体」内容一覧

連載:第1回(2009年10月号)
フェルデンクライス・メソッドとは
 メソッドの成立 その理念と方法
連載:第2回(2009年11月号)
 レッスン1:頭と脚を上下する
 レッスン2:膝を倒して全身をねじる
連載:第3回(2009年12月号)
 レッスン3:伏臥で頭と脚を上げる
 レッスン4:骨盤を転がす
連載:第4回(2010年1月号) 
 レッスン5:動きの中心の発見
 レッスン6:回転運動による全身の調整
連載:第5回(2010年2月号) 利口な脚と賢い身体
 レッスン7:腰椎と股関節の解放
 レッスン8:脚の動きと全身の関係(2本のレール)
連載:第6回(2010年3月号) 首と肩を解放する
 レッスン9:ハヌカの燭台
 レッスン10:肩を転がす
連載:第7回(2010年4月号) 頭の支えと全身の関係
 レッスン11:頭を固定して全身をねじる(伏臥)
 レッスン12:膝を出し入れする
連載:第8回(2010年5月号) 背中の伸筋の働きを改善する
 レッスン13:伏臥で背中を反らせる
 レッスン14:全身ブリッジへの準備
連載:第9回(2010年6月号) 骨盤の動きを楽にする
 レッスン15:足をもって膝を出し入れする(股関節の動きを改善)
 レッスン16:骨盤で時計の文字盤の動き(骨盤の動きを滑らかに)
連載:第10回:(2010年7月号)部分と全体の相互関係
 レッスン17:腕で輪をつくり転がって座る
 レッスン18:腕の門の中へ頭を入れる
連載:第11回(2010年8月号)転がる動き
 レッスン19:全身を丸めて縦に転がる
 レッスン20:全身で横へ転がる
連載:第12回(2010年9月号)立ち上がる動き
 レッスン21:スパイラル・モーションで立ったり座ったり
 レッスン22:仰臥から立ち上がる動きのための準備
 レッスン23:仰臥から立ち上がる動き
   [A:横臥から座るまで] 
   [B:四つ足で肩甲骨と胸椎の可動性] 
   [C:仰臥から立ち上がる]

    ――テアトロ 2009年10月号~2010年9月号――

プロフィール

安井 武

Author:安井 武
フェルデンクライス研究会主宰
FCJ(Feldenkrais Club Japan)
演出家(劇団俳優座)
IFF 認定 Feldenkrais Practitioner

カレンダー
05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
リンク
QRコード
QR
FCJへのご連絡はこちらから

名前:
メール:
件名:
本文:

最近の記事
カテゴリー
月別アーカイブ
ブログ内検索
RSSフィード
最新コメント
最新トラックバック
フリーエリア
total
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。