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天災or人災?

いつの間にやらお盆の連休を迎えました。しかし、大雨による災害に引き続き、震度6の大地震と、今年の夏は何だか不吉なものを感じます。天災は忘れた頃にやってくるなんてのんきなことを言ってる場合ではありません。

最近の大雨による災害や地震の被害などは一概に天災だからですますわけにはいかないと思います。例えば東名高速道の崩落の状況を見る限り、工事の手抜き、そしてその後のメンテナンスの不備等々、人災の要素が限りなく強いと言えます。

大雨による災害にしても、予測を超えた降雨量のせいにするのは事の本質を見誤る結果となります。地球規模の森林破壊が最近の災害の背後に存在することを忘れることは出来ません。

1980年以来、長野県の黒姫に居を構えるC.W.ニコルさんが最近こんなことを書いているのを読みました。

「初めて日本を訪れた時(1962年)僕は非常に驚きました。日本はたいして大きくない島国で、こんなに人口密度が高いというのに、国土の67%が森でした。それに比べ、当時イングランドでは12%、僕の生まれ故郷の南ウェールズでは5%だったんです。僕はほんとうにびっくりして感動して、すごく羨ましかった。」

「あれからもう50年近くの時が経ちましたが、特にこの30年間、日本の森はとても粗末に扱われてきました。日本の政治家のメンタリティがおかしくなったんですね。特にバブルの時代。あの頃、僕は既にここに住んでいたのですが、雪が溶ける頃になると毎日、大型トラックがヤマに入って、天然のすごい木材を運び出していました。山奥の原生林をバサバサ切っていたんです。その時は、地滑りはよく起こるし、川の水は味噌汁みたいな色になってしまうし…。僕は、日本人は環境自殺しているんじゃないかと思ったほどです。……」

「森がこれほどある国に住みながら、日本人は森の重要性をわかっていない。そして、日本の森の素晴らしさに気づいていないんじゃないかと僕は思うんです。」(かなり長文が続きますが以下略)


筑紫哲也氏追悼

時代は自分の言葉を持っている数少ない貴重な人物をまたひとり失いました。

その存在感を強く意識させられたのは何と言っても氏が編集長を務めた「朝日ジャーナル」の登場でした。左から右までまさに百家争鳴の価値観の動乱期に、誠実に自身の言葉をもって時代に問いかける姿勢は、賛同することも多かったが、時には生ぬるいとか、勘違いじゃないかとか、それは間違いだろうと反発したこともありました。しかしながら、私にとってその存在は何事につけ参照せずにはいられない一種の座標軸のようなものでした。

その後「ニュース23」のキャスターとしての筑紫哲也さんは、何ものにも迎合することなく自身の行動力と言葉の力をもって時代と切り結び、思想信条を異にする多くの有力な人物とも誠実に対話を試み、時代の証言を数多く伝える役割をはたしてきました。何かことあるごとに、筑紫さんが今日は何を言うのだろうかと期待して「多事争論」を待ったものです。

同世代を生きてきた一人としてまだまだ想うことはいろいろありますが、今はただ謹んで哀悼の意を捧げるのみです。

プロフィール

安井 武

Author:安井 武
フェルデンクライス研究会主宰
FCJ(Feldenkrais Club Japan)
演出家(劇団俳優座)
IFF 認定 Feldenkrais Practitioner

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